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バガヴァットギーター 第12章 帰依のヨガ  第1節~2節/(Radio Sai Japanより)

20120201


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バガヴァットギーター 第12章 帰依のヨーガ 

ババ様の御言葉です。


行動の道や英知の道、ヨーガの道を守る人々よりも、
神への愛、バクティの道を守る人は、幸運で優れていると宣言されています。

彼はヨーガの行者や出家者や、英知の人や行動の道を辿る修行者よりも
優れているのです。



第1節

アルジュナがクリシュナ神に尋ねました。
絶えずあなたをそのように崇めている帰依者たちと、
あなたを不滅の存在、感覚で捉える事の出来ない存在として崇めている人々とでは、
どちらがよりよく、ヨーガを納めているのでしょうか?


ババ様の御言葉です。
アルジュナは微笑みを浮かべて、かすかに唇をふるわせながら尋ねました。

主よ、あなたが揺るぎない、ひたむきな信愛をお喜びになることは分かりました。
でもあなたは、姿をもった神を崇める者を喜ばれるのでしょうか?
それとも、姿の無い神を崇める者をお喜びになるのでしょうか?

あなたは、姿のある神への礼拝、サーカーラー ウパーサナと、
姿の無い神への礼拝、ヴィラーカーラ ウパーサナの
どちらがお好きなのでしょうか?

どちらの方がよりあなたの心を溶かし、
よりあなたの祝福を手に入れる事に、貢献するのでしょうか?

どちらの方が修行者にとって容易く、よりあなたに歓迎されるのでしょうか?
どうかお教えください。


第2節

クリシュナ神は答えました。
私に心を定めて、私を崇める人は誰であれ、
また、不動の信念をもってこれを行い、そこに喜びを見いだす者は誰でも、
より大きな成功を納めていると私は考える。


ババ様の御言葉です。

クリシュナ神は、
このように尋ねられた事を喜んで、次のように言いました。

アルジュナよ、私は両者の間に何の区別もしない、
その人の心が私で満たされていて、
一つひとつの行為と言葉と思いの中に、
揺るぎない信仰がある限り、どのような形で崇められても、
私は喜ぶのである。


アルジュナは、クリシュナの話が終わらないうちに

クリシュナ、心の純粋さと、揺るぎない信仰だけで十分なのですか?
性別や身分や人生における時期などは、道を修める上で、障害になるのではありませんか?
と尋ねました。


クリシュナは、アルジュナをたしなめて答えました。
いろいろな事を体験した後で、君がそのような質問をするとは驚きだ。
純粋で、永遠の真理の化身である私の中の安らぎ、
心に神を定めた人々は、自己と肉体とをみじんも同一視することはない。

もし彼らが今だに、性別や身分や人生の段階を意識して、
それに伴うプライドや、理屈さなどがあるのなら、
まだ、神に全託していないことは明らかだ。

肉体に対する執着を取除いた人々は、身分や段階等に惑わされる事は無い。

しかし、アーシュラマ ダルマや、ワルナダルマ
身分に応じて、また、学生期、家長期、隠遁期、遊行期の
4つの段階に応じて定められた規律は、
心を神に定めたり、心の悪を浄化したり、
すべての行為と言葉と思いを通じて、神を礼拝したりする修行を、
いささかも妨げるものでは無い。

性別や身分や地位や、人生の段階に応じた区別は、
肉体意識を真実と見なして生活し、
この世が絶対で永遠であるかのように行動をする人々にのみ、
影響を及ぼすものなのだ。



音源です。




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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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