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バガヴァッドギーター第2章 第66~68節/サーンキャヨーガ 15

20100409



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第66節

コントロールの出来ない者にとっては、知性はなく、また、瞑想もない。
瞑想しない者には平安はない。
平安のない者に、どうして幸せが訪れるだろうか。


第67節

動き回る感覚を追いかける心は、あたかも風が水上の船を運び去るように、
識別力を運び去ってしまう。


ババ様の御言葉です。

ですから人は感覚を統御すると同時に、心も統御しなくてはなりません。
これが、ツチタプラググニャーである印です。

もしこの二つの統御が出来ないとすれば、
そのひとは、ツチタプラグニャーではなく、
ガタプラグニャー、つまり智慧のない人であって、
不動の英知を備えた人ではありません。

その人はどこに行くのでしょうか。
その行き先は地獄であって、それ以外の場所に行く事は出来ません。


第68節

従って、おお、武装した優者よ。
あらゆる対象に向かおうとする処感覚を、完全に制御した人の英知は、
揺るぎないものとなる。



ババ様の御言葉です。

ツチタプラグニャーは、絶えずマナナム、
すなわち乾燥と木工に携わっています。
彼は無二、賢人と呼ばれ、
その知性は感覚の刺激に悩まされる事がないので、安定しています。


ここで理解しておかなければならないのは、
次の一点です。

つまり、感覚の克服は、霊性修行にとって、
欠かせないものであるということです。
しかし、それがすべてではありません。
感覚の対象の世界がいつまでも心を引きつけている限り、
人は、完全な成功を得たと宣言する事は出来ません。

クリシュナが、
「アルジュナよ、感覚の主となるのだ。そうすれば、何も恐れる必要はない
 なぜなら、そのとき感覚は、あたかも牙を抜かれた蛇のようになるからだ」
と言ったのはそのためです。


しかしそれでもまだ、貴方を下界に引きつける思いや衝動からの危険が残っています。

欲望には際限がありません。
欲望は満足する事を知らないのです。



音源はこちらからです。
(6:35)からです。





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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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