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バガヴァッドギーター第2章 第46~51節/サーンキャヨーガ 10

20100105



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第46節

英知に満ちた賢者にとって、ヴェーダの全ては、
国中が洪水に見舞われているときも、貯水池ほどしか役に立たない。


第47節

君の努めは、行為の報酬を望む事なく働く事である。
行為の成果を得る事を動機としたり、行為をしない事に執着したりすべきではない。


<ババ様の御言葉です>

神はギータの中で、成果を拒みなさいと言いました。
つまり、行為は結果をもたらすが、行為者はその結果を欲しがったり、
その結果を期待して、行為したりしてはならないということです。

もしクリシュナが、行為者は成果を手に入れる権利がない、と言いたかったのであれば、
それは無益であると言ったはずです。

ですから、もしあなたが行為を止めるようであれば、それは神の命令に背く事になります。
それは重大な過ちです。



第48節

おお、ダナンジャナよ。
執着を捨て、成功も失敗も同じ心で受けとめながら、
ヨーガの境地に立脚して行動するが良い。
平等心こそが、一体性に至る道である。


<ババ様の御言葉です>

平等心こそが、一体性に至る道である、
バガヴァッドギータはこのように宣言しています。

絶対神との究極的な融合のみならず、
日々の生活のプロセスにおける、平安と安全さえも、この平等心、サマードワムの特質を培わない限り、
手に入れる事は出来ません。

あらゆる霊性修行の中で、平等心を獲得するための努力こそが、最も困難なものなのですが、
それは同時に、最も有益なものでもあります。

それは、運命の浮き沈みから身を守るための砦です。

それなしには、人生は不確実さに満ちたゲームとなり、
怖れ、希望、不安、疑いとの絶えざる戦いになってしまいます。

行為に携わる権利がある人は、その成果を手に入れる権利も持っています。

誰もそれを否定したり、彼の権利を拒んだりする事は出来ません。

しかし、行為者は自らの意志と決断によって、
望ましい結果にも、そうでない結果にも、影響されないでいる事が出来ます。

ギータはその道を示しています。

行為をしなさい。そしてその成果を拒みなさい。
行為の結果を欲しがるのは、激性(ラジュグナ)の印です。
結果から恩恵を受ける事が出来ないために、行為をする事を諦めるのは、鈍性(タモグナ)の印です。
行為に携わり、結果が着いてくる事を知りながら、
結果に執着したり、結果を心配したりしないこと、それが浄性(サトワグナ)の印です。



第49節

単なる結果を求める行為は、英知を持ってなされた行為に遠く及ばない。
英知に満ちた平等心を避けどころとするがいい。

おお、ダナンジャナよ、
結果を求める者は哀れむべきである。


第50節

平等心を確立した者は、生きながらにして、善悪両方の行為の結果を放棄する。
それゆえ、ヨーガに専念するが良い。
ヨーガは行動の技術である。


<ババ様の御言葉です>

永遠の実在であるアートマを見定め、それを自覚するようになるためには、
識別力に根ざした、無執着が欠かせません。
それはこの冒険、霊性修行を成功させるための第一歩です。
決して動揺する事のない定まった心だけが、
無執着を実践して、平等心を勝ち取る事が出来ます。

平等心がなければ、長年の人生が無駄になってしまいます。

たとえ、自分の望む物は何でも手に入ることのできる、王国であっても、
平等心がなければ、不安に心を苛まれる事でしょう。



第51節

平等心を確立し、行為の成果に対する欲を放棄した賢者は、
生死の束縛から解放されて、苦しみの届かない境地に至る。


<ババ様の御言葉です>

損失を被ったとき、人は惨めになります。
しかし利益もまた、結果的に惨めさをもたらします。
利益を生む人は、税務署の影が頭から離れません。
来るものは来るが良い、という態度を取るようにしなさい。
人は喜んだり、落胆したりするべきではありません。
行為の結果がどのようなものであれ、それを神の贈り物として歓迎しなさい。

その量や質を当てにしたり、
それで何をするかを計画したりしてはなりません。
あなたの義務を誠実に、力の限り行いなさい。
結果は、神の意志に委ねなさい。

成功と失敗は、予測出来ないことがしばしばです。
成功と失敗は交互に人についていきますが、その理由は定かではありません。
ですから、霊性修行者や、平安を求める人々は、自分の義務を果たす事に集中すべきです。

成すべき事を成し、あとは、神にお任せするのです。



音源はこちらです。


<メモ>

う~~~ん、きびしい。

私はそうか、行為の成果を得られない事にがっかりして、鈍性に陥っていたのか。

いや、良い結果が来ないには,覚悟はあったのだけれど、
全く反対の結果(評判を落とす)になることは、全く予想もつかなくて、
そういった結果を受け取る事数回、落ち込みが激しくなり、努力する事に諦めが。。。
ほんとうにつくづく動機が大切。
そんな不純な動機を持っていた訳ではないけれど、
何かが出来るようになるのが楽しくて、つい、
自分の楽しみのためにやってしまっていたのかもしれない。

ただしこんな自分にも、救いの道はあると思う。

すべての行為をババ様からです、と思いながら、誰かに対して行うと、
なぜだかとても清々しく、そして、その行為をした事すら覚えていない。

だからこそ、「全てを神にお捧げして」、

何だと思う。




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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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