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バガヴァッド ギーター第2章 第1~4節/サーンキャヨーガ 1

20091111



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ギーター第2章第1節


サンジャヤは語った。

このように、哀れみと悲しみに胸を塞がれ、
目にいっぱの涙を浮かべて、困り果てているアルジュナに、
マドゥスーダナ、悪鬼をマドゥを滅ぼしたクリシュナは、
次のように言いました。


第2節

シュリ バガヴァン、祝福に満ちた主なるクリシュナは告げた。

このような危機に及んで、その臆病さはどこから来たのか。

おお、アルジュナよ、
それは正義の道を歩む者にはふさわしくなく、
人を天国へは導かず、不名誉をもたらすものである。


<スワミの御言葉です>

バガヴァットギーターの中でアルジュナは、
霊的なジレンマに陥ります。

彼は自分の果たすべきダルマ、スワーダルマに付いて思い悩み、
苦境に立たされます。

彼は自らの親族を殺して、親族殺しの罪を背負う事を躊躇し、
人を殺す事によってもたらされる、戦場の栄光を忌まわしく思います。


第3節

プリターの子、アルジュナよ、臆病さに屈するな。
それは君に全くふさわしくない。
敵を打ち倒す者よ、弱気を振り払って立ち上がれ。



第4節
アルジュナは言った。
おお、マドゥスーダナよ。
戦において、尊敬に値する、ビーシュマやドローナに、
どうして私が矢を持って抵抗することができましょうか。
おお、敵を滅ぼすお方よ。


<スワミは次のようにおっしゃっています>

アルジュナの迷妄は、私、私のものという感情でした。
突然彼は、自分が人殺しになると感じはじめました。
自分の先生であり、年長者であり、親族である彼らを殺した責任は、
自分が負わなければならない
、と感じ出したのです。

こうした利己的な感覚は取り除かなければなりません。
私、という意識を滅却して、
全ての言葉と思いと行為を神に捧げるのです。



音源と一緒に聞くことをお勧めします。
(3:08あたりからです)







<メモ>


結局のところ、自分を「計画し、実行する者」だと思っているけれど、
自分は唯、神の道具であり、
全ては神の計画通りに動いているということが、
読み取れます。

正しい行いをする者が勝利するというのも、
正義が勝利するだけのことであり、
真理を実践した者が勝利を収めるのではなく、
真理が勝利を収めるのだと。

スワミの御教えで、絶えず説かれる、
この「自分が行為者だと思うこと」の愚かさが、説かれています。






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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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