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新しく掲載された1962年の御講話が驚きだ(後半)

20150307



欲望(カーマ)は、邪悪ではありません。なぜなら、欲望は人間の尽力(プルシャールタ/人生の四つの目標)の目標の一つとしての地位を与えられているからです。欲望を募らせなさい。しかし、それは、物質的なもの、はかないものへの欲望を募らせるということではありません。不死不滅になりたいという欲望、そして、そのための手段としてシャーストラ〔法を説いている経典〕への信心をしっかりと育てたいという欲望を、募らせなさい。

(中略)

徳の道を厳格に固守し、望みに執心すれば、あなたはパラマハムサ(最高位の修行者/パラマハンサ)となることができます。たとえあなたが、今、駆け出しでも、あるいは、無信仰であっても!

しばしば、ただチャンスをつかむだけで、しっかりと自分を向上できることもあります。ある人が、お腹の痛みを治してもらおうと、私のところに来ました。それ以来、その人は、ここと、ここの環境と、オームカーラとバジャンと大いなる平安(プラシャーンティ)が好きになり、私を見て、私が動き回る様子や、私の言葉と行いを観察しました。しばらくすると、彼は自分をここに来させた痛みのことはすっかり忘れて、家に写真やバジャンブックを持ち帰り、新たな痛みを募らせました。それは、大いなる平安(プラシャーンティ)を求める痛み、神を見ること(ダルシャン)、神に触れること(スパルシャン)、神と話すこと(サンバーシャン)を求める痛み、ジャパ、瞑想、サークシャートカーラ〔神我の悟り〕を求める痛みでした。

もちろん、私は決して真理〔サティヤ/真実〕から逸れません。私は真理に寄りかかっているために、サティヤ サーイー〔サイ ババの「サイ」はサンスクリット語で「サーイー」と発音する〕と呼ばれているのです。「サーイー」は、「寄りかかる」という意味です。この名前がいかにふさわしいかを、私は皆さんに保証しましょう。私の教えに従いそこなった人、私が敷いた道から逸れた人だけが、私が目の前に差し出したものを受け取りそこないます。私の教えに従い、私の軍隊の兵士になりなさい。私はあなた方を勝利へと導きます。誰かが本気で「主なる神はどこで見つかりますか?」とあなたに尋ねてきたら、はぐらかしてはなりません。あなたのハートからあなたの口へと上がってくる答えを告げなさい。その人に道を教えなさい。彼〔主なる神〕は、ここ、プラシャーンティ ニラヤムにいます、と。


1962年11月21日・場所:プラシャーンティ ニラヤム
御降誕祭 連続講話①

勝利へと より






晩年の模範的な御講話からすると、かなり人間味のある、面白みのある講話だと思います。

「ぶっちゃけて言うと・・・」みたいな、但し書きが添えられていそうな印象を受けます。

改めて、スワミの敷いた道ってなんだろうって考えます。

それは、人によって道が違うので、その答えも違っているでしょうね。

自分の事について、考えてみようかと思います。





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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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