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順番がある

20110130



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人生の基礎は
自信〔真我に対する信仰〕であり、その基礎の上に
自己満足〔真我に対する満足〕という壁を作ることができ、その壁は
自己犠牲〔真我に対する犠牲、自分の悪い性質を神に捧げること〕
という屋根を支えます。そうして初めて私たちは、
自己実現〔真我を悟ること〕という人生を得ることができます。


                          
自己犠牲という屋根がなければ、
自己満足という柱は何の役に立つでしょうか?
しかし、屋根は基礎と壁と柱がなければ建てられません。
それゆえ、あなた方は皆、基礎の重要性に気づくべきです。
これが基礎的な真理です。
けっしてこの基礎的な真理を忘れないようにしなさい。



              2007年12月26日
               『あなたの真の名前はブラフマン』より






ババの御教えを知るきっかけとなった事は、なんだったでしょう。


とっかかりは、個人によって違いがありますが、
進むべき道の段階を誤らないようにする事は、大切な事です。

自信と言う土台のない所に、いくら犠牲を重ねても、
それは益々、自信を損失する恐れを伴います。

この言葉を実際の行動に置き換えてみると、
自信という真我への信仰と、
それによって満たされるハートに、神への愛が土台となって、
真の犠牲を捧げる事が出来るのであって、
それらが育っていない状態でセヴァを始めることは、
危険な事だと思います。
やがては、自分を傷つけていると感じることがあるでしょう。


自信を取り戻すために、
自分を信じられなくなった原因を突き詰める事は、解決方法の一つです。

やりすぎると危険な場合はあっても、適度にセヴァをする事で、
必要とされている自分に、自信が生まれてくる場合もあります。

また、自信喪失の原因となった相手を理解する事で、
いろいろな感情が溶け去って、取り戻す事もあるでしょう。


自信自我とを間違えやすいということも、
覚えておいた方が良いようです。






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あれから4年/Athi Rudra Maha Yagnya in Chennai

20110122

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ババの歌うバジャン (神の讃歌)

20110118


ババが、御講話の始めに、スローカー(テルグ語の詩歌)を、
最後にバジャンを歌うのは、帰依者なら誰でも知っていること。

しかし、お祭りの際に、いつものように行われていた講話は、
身体の衰えのためか減ってきており、昨年は4回だけだったようです。
(グルプールニマや、例年だと毎日行われるダサラ祭でも、講話はなかった)

その内容は、女性の美徳の話が主な内容でした。
サーヴィトリーとチャンドラマティー、シーターとドラウパティの物語。

ヴェーダとダルマの復興のために降臨なされた、ババからの、
これが今の私たちへのメッセージです。


こういう事情のため、
私たちが、ババがバジャンを歌われるのを聴く機会も減りました。
しかも近年では、途中で歌が止まってしまい、
他の者が代わりにリードをとったりということも。

また歌われたとしても、
身体の衰えたババの声は細く小さく、
昔のような、鈴の音のように高らかに鳴り響く歌声を聴くことは、
もう望めないことなのかもしれません。


まだ、少年だった頃、自らバジャンを作り、
村の少年たちを集め、パンダリバジャン隊を作って、
コレラやペストの蔓延するパルティ村を、
浄化させたというエピソードもある、ババのバジャン。

神の御名の持つ力を示した、エピソードでもあります。


最近の御講話では、ババは、バジャンは歌われているのでしょうか?





Hari Bhajana Bina Sukha Shanti Nahi





2008年5月1日の講話より

皆さんは、真剣にバジャンに参加して、神の栄光を歌うべきです。
たとえ他の霊性修行ができなくとも、神の御名は唱えなさい。
それで十分です。

(ここでスワミは「ハリ バジャナ ビナー スカ シャーンティ ナヒン」
 ( Hari Bhajana Bina Sukha Shanti Nahi )
 のバジャンをお歌いになり、御講話を続けられました)



バジャンなくして平安と幸福を獲得することはできません。
平安はバジャンを通じてのみ獲得できるのであり、
他のどんな方法によっても獲得できるものではないのです。

ハリ バジャナ ビナー スカ シャーンティ ナヒン
(神ハリの御名を唱えずして至福は得られない)

ジャパ ディヤーナ ビナー サムヨーガ ナヒン
(唱名と瞑想をせずして神と一つにはなれない)



Govinda Krishna Jay



途中からだけど、力強い。



Full version ならこちらで。



『Govinda Krishna Jay』 and 『Bhaja Govindam』



2004年10月20日の講話より

アーディ・シャンカラは、アドワイタの原理を、
有名な「バジャ ゴーヴィンダム (Bhaja Govindam) 」という歌で次のように美しく説いています。



バジャ ゴーヴィンダム バジャ ゴーヴィンダム
ゴーヴィンダム バジャ ムーダマテー
サンプラープテー サンニヒテー カーレー
ナヒ ナヒ ラックシャティ ドゥクルンカラネー


ゴーヴィンダの御名を唱えよ、ゴーヴィンダの御名を唱えよ、
ゴーヴィンダの御名を唱えよ、ああ、愚か者よ!
最期の時が近づいたとき、
文法の規則はおまえを助けに来はしない




最期の時が近づいたら、神の御名以外、何ものも皆さんを助けることはできません。
ですから、神の御名を唱えなさい。
それゆえ、シュリ・シャンカラーチャールヤは、
世界に訓戒し、目覚めさせ、教えたのです。







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ポンガルと小正月

20110114

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動機

20110111

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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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