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深いな。。。

20101030

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ハートは鏡/やがてはそこへ至る/真の至福と至高の平安

20101022



SIM_20101017.jpg




純粋なハートは真理を映し出す最高の鏡です。
それゆえ、あらゆる修行はハートを浄化するためのものなのです。
ハートが純粋になるやいなや、
すべての真理が一瞬の内にハートに映し出されます。
あなたが本当に純粋であるならば、
宇宙に存在するすべての真理があなたのハートに顕れ出ることでしょう。

プレーマ ダーラ P.47



どこで至高の平安を手に入れることができるのでしょうか?
それは、純粋なハートという領域で手に入れることができます。
純粋なハートは、揺るぎなく、神聖で、完全に無私無欲です。
至高の平安を享受するために、至高の境地に達するべきです。
一体性、純粋性、神性、これら三つの理念が一つになったとき、
それによってあなたは至高の境地に達します。

真の教育-サティア サイ エデュケア講話集 P.36



純粋な変わらぬ思いで霊性修行を行ったときに初めて、
永続する真の至福が生じるでしょう。

真の教育-サティア サイ エデュケア講話集 P.128








襟章が落ちた/アヴァター宣言の日

20101020



bala278_convert_20101020000227.jpg

告知後にアーンジャネーユルの屋敷の庭の丸石にて





今日は、
私はサイババ(シルディのババも、サイババと呼ばれていた)です、と、
少年ラジューが、人々に宣言した日です。

この日を境に、彼は、イーシュワランマの愛しい息子ではなく、
シェーシャマ・ラージュの忠実な弟でもない、
アヴァターとしての生活を始めます。

それは1940年10月20日の事でした。



ババはハンピから戻り、学校に行くところだった
襟章が落ちて見つからなくなった
それは変換の日
世俗的な執着が、襟章という形を取って、ババから離れた

ハンピへの巡礼もその目的を果たし終えた
マーヤー(幻影)はもう自分を縛れないと言って、ババは家を出た

(His story p.149より)



信者の苦しみを和らげるため、
学校と家を出て、
自分の使命に着手する日が来た事を、告げました。
それから手にしていた教科書を床に投げ捨てて、
次のように宣言しました。


私は実はサイである事を知れ
世俗的な関係を捨て去り
私を拘束しようとする努力をやめよ
世俗的な執着は、もはや私を縛り付けない
どれほど偉大な人であれ、誰にも私を留めておく事は出来ない

(His story p.155より)



この本の中でも、取り分け、神聖な光に満ちた部分。
その場にいた訳でもないのに、読むたびに、
崇高な思いと、神聖さに満たされます。



ウラヴァコンダで私が自らの正体を明らかにしたとき、
一等最初に教えたのは、「マーナサ バジャレー グルチャラナム、
ドゥスタラ バヴァ サーガラ タラナム」でした。

(バジャン 神への讃歌 p216より)


Maanasa Bhajare(音が出ます)


グルの御足を崇めましょう
英知の光に照らされて
尊きグル サイババ
尊きグル サイババ
大いなる神 大いなる神 大いなる神 サイババ
導き給え 導き給え 導き給え サイババ





ダシャラの演目とSwades

20101015



プラシャンティニラヤムでは、連日ドラマや音楽プログラムがババの前で、
執り行われているようですね。


今日ネットで観たのは、シムラーからのサティヤサイスクールの生徒と、
バルヴィカス教室の子供たちのドラマ

最初の方はまさか、こどもではなく、大人がしているんですよね?
頭の上にアルティの火みたいのを乗せて。

最近は、内容のレベルがどんどん上がってきてます。
この劇、振り付けがボリウッドぽくて、洗礼されているなあ、
これなら、昔のボリウッドでなら、映画にそのまま使える、
なんて思ってみていたら、あれ?、びっくり。
映画のシーンの音楽をそのまま使っています。

シーターがラーヴァナにさらわれて、
ハヌマーンやラーマが助けにくる場面。


これは、前に記事にした事があるのですがSwadesという映画です。


アメリカに住んでいるエリートインド人が、
育ての親を訪ねて、村にやって来る

彼は、村の生活には入り込まず、トレーラーハウスの中で生活をしている。

そこで彼は、村で教師をしている女性と知り合い、打ち解けて行く。


その彼女が、ナヴァラトーの村祭りで子供たちとともに、
ラーマーヤナのシーター役で出演し、
その時に使われたのがこの音楽という訳です。


Pal Pal Haiという題です。


映画では、その後、シャールーク・カーン演じる主人公が、
次第に村の生活にとけ込んで行き、
村へ水を引くと言うプロジェクトを成功させ、
村の皆と心を通わせて行き、やがては、勤務先であるNASAをやめ、
村に戻ってくる、というストーリーだったと思います(かなりうろ覚え)。

見目麗しいGayatri Joshiという主人公の女性は、
この後、結婚、引退してしまったらしい。

村でケータイが使えないって、今でもそうなのかな。
2004年発表の映画だから、それ以前に作られていると思います。
この頃のインドが一番私は好きだけど。


Swades は、You Tube にアップされてます。


Pal Pal Hai も、良かった、アップされている!







何度見ても、ラーマが登場するシーンは、
まるで、本当にラーマがやってきたみたいな気がして、
感動で鳥肌が立ちます。




ラームリーラーと呼ばれる、この野外演劇は、
毎年、ダサラ(ナヴァラトリーの10日目)に、
デリーで行われているみたいですね。

最後の張り子のラーヴァナに火を放つ、ラーヴァン・ダハンの様子が、
これでインディアさんで紹介されていて、この映画をみて、
ようやくその様子が分かりました。


それにしても、記事の冒頭にあるように、
帰依者からの愛を神が受け取り、
祝福を与えた時に、まさにその演目は、黄金として輝きますね。





サラスワティー女神さま

20101014

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プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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