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バガヴァッドギーター第2章 第56~61節/サーンキャヨーガ 12

20100326




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第56節

不幸によって心が乱されたり、
快楽を追い求めたりする事がなく、執着や恐れや怒りから解放されている人は
揺るぎない英知を持った賢者と呼ばれる。


第57節

どこにいても執着がなく、よい物を受けても特に喜ばず、
悪い物を受けても悲しまない人は、揺るぎない英知の人である。


ババ様の御言葉です。
「罪は、悲しみによって償われ、有徳の行為は、
 喜びという報酬をもたらす事は、よく知られています。
 そのため、罪を回避し、有徳の行いに携わるようにという助言が与えられます。
 しかし、揺るぎない英知を得た人、ツチタプラグニャーは、
 悲しみのもたらす痛みも、喜びのもたらす興奮も知りません。
 彼は一方に嫌悪感を抱いたり、もう一方に引かれたりする事はありません。

 また、痛みの前に退散する事も、楽しみに向けて進路をとる事もありません。
 真我を知らない者だけが、喜びや悲しみの到来に有頂天になったり、
 意気消沈したりするのです。

 クリシュナはアルジュナに、ツチタプラグニャーの心は安定しており、
 喜びに有頂天になる事も、悲しみに意気消沈する事もないと説明しました。
 ツチタプラグニャーは、悲しみ、色欲、恐れ、迷妄に屈する事なく、
 常に大いなる存在、神を思っています。
 彼は至るところに神を見ています。
 クリシュナはアルジュナがツチタプラグニャーになれば、
 本当の自分を知る事が出来るであろうと、指摘しました。


第58節

亀が、頭や手足を甲羅の中に引っ込めるように、
感覚を対象から引き離して、外に向かわないようにするとき、
その人の英知は、不動のものとなっている。



ババ様の御言葉です。
「揺るぎない英知を持った人、ツチタプラグニャーの最大の特質は、
 感覚をコントロールしている事です。
 感覚を抑制する事や、それを統御する力を身につける事は、
 容易ではありません。



第59節

感覚の対象は、禁欲を行っている人から離れるが、
それらに対する願望だけは残る。
至高の存在を見るとき、その願望さえも消えてしまう。



ババ様の御言葉です。
「ここには二つのプロセスがあります。
 心の中のあらゆる欲望による促しを手放す事は、否定の側面であり、

 心の中に喜びを、いつまでも消える事のない喜びを植え付ける事は、
 肯定の側面です。

 否定のプロセスは、心の中のすべての過ちや、悪の芽を摘み取る事であり、
 肯定のプロセスは、こうしてきれいになった畑に、
 「神への執着」という作物を育てる事です。

 あなたが、必要とする作物を育てることは、肯定であり、
 雑草を引き抜く事は、否定の段階です。

 感覚が、対象の世界から引き出す喜びは雑草であり、
 作物は神への執着です。
 

 心は願望の束に他ならず、これらの願望が根こそぎ取り除かれない限り、
 霊的進歩の道における、大きな障害物である、心を滅却する事は望めません。

 布を織りなしている糸を一本ずつ取り除けば、布の何が残るでしょうか。
 何にも残りません。
 心は、願望の糸が中央に織り込まれて出来ています。
 そして、心が消滅するとき、ツチタプラグニャーが生まれるのです。


第60節

実に、クンティーの息子、アルジュナよ。
騒々しい感覚は、制御の努力をしている賢者の心すらも、力づくで奪ってしまう。


ババ様の御言葉です。
「人間が感覚の喧噪を沈めたり、その幻の世界の必要を満たしたりすることに、
 死ぬ瞬間まで巻き込まれていれば、
 どうして自分自身の確信である、真我を意識する確信する喜びに浸って、
 感動する事が出来るでしょう。


 宮殿の王侯から、往来の孤児に至るまで
 誰もが下界から喜びから引き出そうとするゲームに心を奪われて、
 身動きが取れなくなっています。


61節

人はこれらすべての感覚を支配して、一心に、私を瞑想しつつ座るべきである。
感覚を制御した人の知恵は、揺るぎないものとなる。



ババ様の御言葉です。
「感覚に無制限の自由を許すと、
 人は無知、暗黒、情欲の犠牲になります。
 そのため、最初からクリシュナは、ツチタプラグニャーにとって、
 感覚のコントロールが不可欠であることを、明らかにしました。


 上に向かう道、より高次の段階、それはツチタプラグニャーのためのものです。

 この二つをマスターする事に関しては、心を制御すれば、それだけで十分です。
 そうすれば、外面的な感覚を制服する必要はありません。

 もし、心が対象への執着を全く持たないのであれば、
 感覚は、何者にもしがみつく事が出来ず、
 無活動のために力を失います。
 愛着と憎しみは、食べるえさがないので、どちらも存在出来なくなります。

 感覚は、まだ物質世界の影響を受けるかもしれませんが、
 物質世界との絆は切断されます。
 真我の意識に守られた人に、どうして世俗的な事象が、
 悲しみや喜びをもたらす事が、出来るでしょうか。


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Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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