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シュリ・ヴェーダプルシャ・グニャーナ・ヤグナ・マホトサヴァム (1961年) その13

20121027



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スワミの *毎日の御講話 は、帰依者たちにとって真の宴会だった。
パンディットたちでさえ、驚きに鼻に指を被せ、唖然として立ち尽くしていた。





「ヴェーダは終わりのない空のようです。
シャーストラ、いわゆる科学は、家のてっぺんの屋根のように空の下に位置します。
とはいっても空の下の何千もの家が、
屋根がとれてしまって空そのものが屋根になってるのですが、
お金はすべての人にとって必要なものです。
一体いくら必要でしょう。

あるだけです。
より多くのお金はより多くの出費を意味します。
老人にとっての杖のように、私たちの人生の旅において、
お金は助けとなるべきであり、そうさせるべきです。
しかし私たちは、救うことが出来る以上のお金を望んだり、
所有したりするべきではありません」



とサイはおっしゃった。


彼は蜂に蜜を空っぽにされたような花のように、立ち尽くされていた。
しかし依然、一瞬のそよ風にのせて、彼のその甘い香りを放たれていた。

主サイは花婿のように頭を下げられた。

彼は見ている者たちに微笑みの花を投げかけられ、
優雅に歩いて僧たちの間に腰を下ろされた。






アニャーター・シャラナム・ナスティ より
  **スワミが、毎年ダサラ祭の時に執り行うヤグニャが、初めて行われた時の様子を掲載しました。 






             *こちらはその翌年のスワミの御講話です。 ↓





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シュリ・ヴェーダプルシャ・グニャーナ・ヤグナ・マホトサヴァム (1961年) その12

20121027

ヤグニャは朝の5時に始まった。

昼の12時までヴェーダのプログラムが予定されていた。

午後4時のスワミの御講話の後に、パンディットの講話が続いていた。
すべてのルトヴィックが共にひとつになって、高い声で吟唱している間、
マントラ プージャパムと灯を灯した樟脳が、
花輪で飾られたインディヴァラシャーマ、サイ・ゴパラに捧げられた。

千の目があってもその光景を見るのに十分ではなかった。
例えあなたが多くの心を持っていたとしても、
彼の蓮華のお顔立ちに現れた、爽やかに花開く微笑みを、密かに閉まっておくには不十分だ。

その後に、演劇、踊りなど他の催しごとが行われた。
私たちが帰宅した時は夜の11時だった。
丸一日が、ヤグニャサーラの中で、主サイのお側にいることの出来る
甘露に満ちた状態で、過ぎて行った。



アニャーター・シャラナム・ナスティ より


その13 へつづく・・・)





シュリ・ヴェーダプルシャ・グニャーナ・ヤグナ・マホトサヴァム (1961年) その11

20121025

この会議の議長(スワミ)を見ながら、
ウップルリ・ガナパティ・シャーストゥリ氏はスワミの傍を歩いて行かれ、
それは私たちに限りない幸福感を与えた。

彼は年を召されても痩せて色白で、いつも陽気だった。
勉学の神サラスワティの恩寵である素晴らしい輝きが、彼の顔に際立って現れていた。

彼は「アムナヤルタ・ヴァチャスパティ」
「ヴェーダパシュヤ・ヴィサラーダ」
「ヴェーダサプハシュヤランカーラ」といった称号で尊敬されていた。

彼の声は、どもったり、戸惑ったりすることなく、
ヴェーダマータ(ヴェーダの母)ご自身のように、優雅に滑るように流れて行った。
彼ががヴェーダを褒め称えている時に、スワミがご自分のことを指してこうおっしゃった。

「あなたのヴェーダはとても偉大ですが、この男はとても小柄です」
皆どっと笑い出した。
実にスワミはとても小柄だが、彼がなさる所業は何よりも偉大である。


宇宙に浸透するあなたに対し、
私たちはどうやったら住処となる寺院を与えることが出来るでしょう?
百万の太陽のように光り輝くあなたに対し、
私たちはどうやって陶器のランプを捧げたら良いのでしょう?
おお、あなたは肉体を持たぬ者でさえも到達することが出来ないお方。
ときにはブラフマーや、ヴィシュヌ、シヴァであられたり、
私たちはどうやったらあなたの本当の姿を発見出来るのでしょう?
すべての生き物の中におられ、動き回っておられるあなたに対し、
私たちはどうやってあなたに御名前をつけたら良いのでしょう?


すべての言葉が何と適切なのだろう!
それは花と香りのように、分離出来ないほどに調和している。


その12 につづく・・・)


アニャーター・シャラム・ナスティ より





*お祭りは終わりましたが、区切りの良いところまで、継続します。




  


シュリ・ヴェーダプルシャ・グニャーナ・ヤグナ・マホトサヴァム (1961年) その10

20121024

ヤグニャが開始された。
神への焼灼(しょうしゃく)を伝えるものである、火の神に呼びかけるため、
リトヴィックたちが棒で撹拌機をかき回し始めた。
二人のリトヴィックが互いに向かい合って座り、
一本の棒を床に置き、もう一本を以前の棒のあった穴に差し込み、
私たちがカード(*牛乳から作る乳製品)を撹拌する時のように、連続して撹拌をし始めた。

他の僧侶たちは、パールティヴァ シヴァリンガ、プラーナプラティシュタを
礼拝するように、儀式を行う祭壇の四隅に座り、
マントラを唱え、ラーマーヤナ、バガヴァータム、シヴァプラーナム
スリーパーシャムを朗読し、スーリャナ・マスカールを行い、
ナヴァグラハ・ジャパムもまた始められた。

全員が定められた場所に座り、朗読を始めた。
リグヴェーダ・ヤジュルヴェーダ・サーマヴェーダの暗唱が続けられ、
聞いていて楽しいものだった。
撹拌の行程の勢いが増すにつれ、マントラを唱える速さも加速して行った。

静かな水辺のように、厳かに始まった吟唱の朗々とした響きは、
耳を通して心に流れ込み、精神を歓喜させ、天国へと誘った。

人の形をとった、死すべき人間たちの中で、
インドラ神ご自身のように明るく輝いている神は、
そこかしこを歩き回り、火花を発しておられた。
観衆の熱狂はひどく興奮したものになった。

布地は火花で点火されたあと供儀の囲いに投げ入れられ、
小枝が用意され、ギーが詠唱と共に注がれた。
彼らは火の神アグニに祈り、彼に賞賛を浴びせかけた。
激しく歓喜してアグニは立ち上がり、至高の光であるサイにお辞儀をした。

私たちのその日の幸福感は説明出来ないほどだった。




アニャーター・シャラム・ナスティ より


その11に つづく・・・)





シュリ・ヴェーダプルシャ・グニャーナ・ヤグナ・マホトサヴァム (1961年) その9

20121024




「こんにちの私の化身は、ダルマが滅することのないよう、取りはからいます。
 永遠の御者、サナザナ・サラティである私は、
 サティヤ、ダルマ、プレマ、シャンティの種を蒔くために、
 「サナザナサラティ」という本を出版します。

 私は世界の平和を樹立することを決心しました。
 私は帰依者の軍団を育てて、世界の安寧を築くことを決心しました。

 私はダルマの復興のために基礎を敷きました。
 ここにいるルトヴィックたちは皆、普通の人たちではありません。

 社会は彼らに相応の地位を与えることが出来ませんでした。

 例え彼らの身体はやせ細っていても、
 彼らの顔はヴェーダの栄光を失ってはいないのです。

 彼らはもうこれ以上悲しむ必要はありません。
 彼らは今や、神の御恵みを楽しむのです。
 
 今日の会議は、すべての神聖な川が融合した大海のようです。

 どれほど多くの巡業の旅にあなた方が行こうと、
 どれほど多くの器をあなた方が貰おうと、
 それでもあなた方は、この素晴らしい幸運を得られないでしょう

  (中略)」






アニャーター・シャラナム・ナスティ より




その10へ つづく・・・)








プロフィール

tottemo ii indo

Author:tottemo ii indo
サティヤサイババは亡くなってしまったけれど、その教えは私たち皆に受け継がれています。スワミの教えを実践することで、サティヤサイババが降誕した、本来の目的に立ち返りましょう。

H2Hの御言葉を、2010年分から順次載せて行こうかと思っています。
サイの御教えだけでなく、これからは、心に残る聖者の言葉も引用していこうと思います。

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